龍族(南天会 令和元年9月10日)

 

■ 佐々井秀嶺上人とお会いして

 

- ボーディ(仏のさとり)・サットヴァ(有情)-

 

高野山の青葉祭り(弘法大師の御誕生祭)が終わりもうすぐ七夕。

 

そんな六月の下旬、ある願い事がかなった。

 

現在、インド仏教の頂点に立つ佐々井秀嶺上人とお会いできた。

 

佐々井秀嶺師。1935年8月30日生まれ、岡山県出身。インドラ寺住職。

 

1967年、32歳の時に単身インドに渡り、仏教復興運動のカリスマ的な指導者に。

 

仏教誕生の地でありながら衰退した「仏の教え」を不死鳥の如くよみがえらせ、激減した仏教徒を1億5000万人にまで増やす大偉業を成し遂げられた。

 

インドでは、13億人の人口のほとんどをヒンドゥー教徒が占める。

 

そして、カースト制度がまだ根強く残っている。

 

「不可触民」(ふかしょくみん)と呼ばれる人々は何千年もの間、差別と偏見に苦しめられ、虐げられてきた。

 

上人は心に深く傷を負った人たちに寄りそいながら、共に苦難の道を歩んでこられた。

 

昔、インドのブッダガヤでチベット仏教カギュ派の転生活仏、カルマパ17世に謁見する好機に恵まれたことがある。

 

上人とお会いした瞬間、その内から放たれる独特のオーラに圧倒された。

 

とても似ていることに大変驚いた。

 

カルマパ17世は、「ボーディ(仏のさとりを目ざす)・サットヴァ(心あるもの)」、菩薩の生まれ変わりとされている。

 

自己の権威や権力、名声や富のためではなく、苦しむ人々のために。

 

「清貧」という言葉が思い浮かぶ。

 

若き日の弘法大師、お大師さまのお姿ともどこか重なる。

 

高野山には、「生かせいのち」という言葉がある。

 

生かせとは何か。

 

いのちとは何だろうか。

 

今回、上人とお会いして「生きる」本当の意味が何かを、「生き方」をあらためて深く考えた。己のことばかりに意識がとらわれていた自分がとても恥ずかしく思えた。

 

最後、一緒に記念写真をお願いした。

 

その時の笑顔は、「すべての生きとし生けるもの」と共に生きる、菩薩のお姿であった。

 

宗祖弘法大師の言葉に次のようなものがある「菩薩は一切の法に生を見ず 死を見ず 彼此れを見ず 尽虚空界ないし十方合して一相とす」(一切経開題)。

 

上人の目には、「この世のすべてにおいて身分の違いも、争いも、対立も、差別もなく、ただ”自由な広い心”だけがある。この世はすべてひとつ」そう映っているのかもしれない。

 

現世、菩薩として再びこの世に舞いおりた。

 

それは、すべての人々に夢や希望という、ひとしく生きる「光」を与えるために。

 

合掌

 

天宮光啓塾 生かせいのち(生き方塾)

 

塾長 高野山真言宗修行僧 天宮光啓

 

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(後記)

 

この度、龍族(南天会 令和元年9月10日)に掲載していただきました。

 

この素晴らしいお導き、ご縁に深く感謝いたします。

 

佐々井秀嶺上人に、今度はインドでぜひお会いしたいです。

 

最後に、素晴らしいご縁をお導きくださいました明陽(メイヨウ)さんに深く感謝申し上げます。

 

※ 明陽(メイヨウ)さんのフェイスブック

 

合掌   『龍族(南天会 令和元年9月10日)』 2019年09月25日(水) 17時50分24秒 テーマ:光啓 随想録

 

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